バリの伝統文化には、地域独自の価値観や生活様式が色濃く残されている。そのひとつとして知られる「インドネ」という実践がある。これは現地で古くから受け継がれてきた伝統的な治療・癒しの方法の総称であり、現在でも特定の地域や家庭、医療現場の一部で利用されている。インドネは、単なる薬草療法や民間治療ではなく、バリ・ヒンドゥーの宗教観や宇宙観とも密接に関連づけられている点に特徴がある。インドネにおいて手技の中心となるのは「シア ワク」と呼ばれる作法に基づくマッサージや指圧のような療法である。
シア ワクは、身体のバランスを整えると同時に体内の「気」や「エネルギー」の流れを調整するといわれている。シア ワクは、専門知識と経験をもつ治療師によって、患者の症状や体質にあわせて手技や圧力が調整される。肩こりや腰痛、消化不良の改善を目的としたケアのほか、心の疲れやストレスが原因と考えられる不定愁訴に対しても用いられることが多い。シア ワクの技法は、多世代にわたり口伝と実演で伝承されてきたため、治療師それぞれに独自の工夫や発展がみられることも特徴のひとつである。インドネにはシア ワク以外にも多彩な療法が存在する。
その代表が薬草や根草、伝統的な香料などを組み合わせて作る薬湯やパック、軟膏の活用である。これらの処方は、世代を越えて多くの家系や集落ごとに受け継がれてきた知恵の結晶で、各地の気候や土地環境ごとに用いられる材料や配合が異なる。薬湯は内服薬として飲用される場合もあるが、主には軟膏や湿布として外用されることが多く、火傷や擦り傷のケア、関節痛や皮膚疾患の改善を目的とする。これらとシア ワクを組み合わせることで、痛みや不調に対して総合的なアプローチが可能となる。インドネの背景には、健康とは単なる身体的状態だけでなく、精神的・社会的・霊的なバランスによって生み出されるという思想が根底にある。
悪い出来事や体調不良は、邪悪なものや不浄な霊が原因であると考えられることも多く、治療の過程では清浄化の儀式や祈り、瞑想の導入が積極的に行われる。治療師が祈願し、身体や空間をお香の煙や神聖な水で清めることで、対象者に悪影響を及ぼす存在を遠ざけようとする。このような儀式的側面をもつ点が、インドネを単なる治療技術に留めず、宗教的儀礼やコミュニティ内の統合とも結びつけている。現代の西洋医学が一般化する中で、インドネやその諸要素は草の根的に残されてきた。とりわけ西洋式の医療インフラが未整備な農村部や離島では、いまだに伝統医療が重要な役割を担っている。
家庭内の伝承医やコミュニティの治療師が、住民の健康を守る砦として機能しているのだ。また都市部でも、慢性的なストレスや西洋医学だけでは解決できない症状への補完的アプローチとして、この伝統的医療に注目が集まっている。一方で、西洋医学・現代医療の知見と過去からの伝承医療を組み合わせる動きも進んでいる。慢性疾患や成人病、外傷治療などにおいて、公式の医療機関と伝統療法士が連携するケースも出てきている。またインドネの基礎となる手技や薬草知識を活かした研究も盛んになり、健康増進や観光資源、地域振興など多様な場面への活用が模索されている。
伝統の技法に含まれる成分分析や療法の効果の科学的検証も進むことで、従来以上に安全で広く利用できる基礎が築かれつつある。また、医療ツーリズムの一翼としてもインドネは注目されている。各地で伝統療法の体験や研修を受け入れる施設が登場しており、観光客や現地の人々に向けて多彩なメニューが提供されている。シア ワクの技術や薬湯パックの作り方、伝統的な祈りや儀式を学びながら、現地の生活文化や健康観に触れることができる。こうした活動を通じてインドネは地域経済やコミュニティのつながりの活性化にも貢献している。
日本を含む世界各地から治療効果やリラクゼーションを求める人々がバリの地を訪れ、伝統医療と現代社会の橋渡しとなっている。インドネの特色は、単なる医療行為の枠に留まらず、「人間」・「自然」・「見えざるもの」との深いつながりを実感できる点にある。この総合的な癒しの文化は、これからも世界規模で見直され、新たな価値を生み出していくと予測される。今後どのような形であれ、シア ワクや伝承の知恵を原点とするインドネは、バリの人々の暮らしとともに進化を続けていくだろう。バリの伝統的な治療法「インドネ」は、単なる民間療法にとどまらず、バリ・ヒンドゥーの宗教観や宇宙観と深く結びついた独自の総合的癒し文化である。
主な手法である「シア ワク」は、マッサージや指圧にあたる施術で、身体のバランスやエネルギーの流れを整えるとされ、治療師が個々の症状や体質に合わせて行う点が特徴だ。また、薬草や香料を用いた薬湯やパックなど多彩な療法も組み合わされ、外傷や慢性的な不調の改善を目指す。さらに、インドネには祈りや浄化の儀式といった宗教儀礼的側面が重要視されており、健康は身体だけでなく精神や社会、霊的側面のバランスによって成り立つという価値観が根底にある。西洋医学が普及する現代でも、特に医療インフラが未発達な地域ではコミュニティの健康を守る役割を担い、都市部でも補完医療として関心が高まっている。近年では伝統療法と現代医療の連携や科学的研究も進み、観光や地域振興の資源としても活用が広がる。
インドネはこうした多面的な価値を持ち、人間と自然、見えざるものを結ぶバリの暮らしの核として今後も発展し続けると考えられる。